#1350 『N号棟』ネタバレあり感想と考察【映画】
#44以前はアメブロで投稿していたものです。
こんにちは、みくろです。
先日、映画『N号棟』を観ました!
2022年製作。
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死恐怖症の史織は、毎晩「死ぬのではないか?」という恐怖に襲われ、眠れない日々を送っていた。
そんなある日、元カレの啓太が卒業制作で心霊スポットとなっている廃団地に行く事を知る。
啓太が自分に未練があると分かった上で、別れてからも体の関係を続けていた史織は、その廃団地へのロケハンに今カノの真帆が同行する事を知りながら自分もついて行く事にする。
しかし誰もいないはずの噂の廃団地には、今も住んでいる人々がいて…。
正直う~~~ん…という印象。
描きたいものは何となく分かるんだけど、どれにも振り切れずに中途半端な映画になってしまった感じかな。
実話ベースということで実際にモデルとなった幽霊団地があるんですが、体験者さんの話は怖いのに何でそちらに寄せて作らなかったんだろう?
完全に『ミッドサマー』に影響を受けているので、ああいった映画が好きな人には刺さるかもしれない(ただ、似せただけでオリジナリティや目新しさは何もない)。
主人公が完全に胸糞なので、観ている最中の不快度はなかなかに高く、そこはホラーとして高評価。
ただ万人にオススメできるかというと、う~~~~ん!B級が好きな人にもいまいちだと思うんだよな~う~~~~ん!が正直な感想です(笑)
ネタバレあり感想・考察
※以下、ネタバレ含みます。
この映画の問題点は、主人公・史織の言動が意味不明、これに尽きます。
もちろん死恐怖症であることから、刹那的で破壊的な行動を取ってしまうというのは分かるんだけど、だとしたらもう少しこの恐怖症についてしっかり描くべきでした。
啓太と真帆の間に入りたがるのはまあこの年代の若い女性の拗らせあるあるだけど(かなり胸糞!)、団地の人々に対する史織の反応が本当に意味不明なんですよね。
そもそもこの団地へのロケハンは啓太の卒業制作で、史織の同行も直前で決まった事のはず。
啓太が撮影にこだわるならまだ理解できるけど、なぜ史織がここまで団地の人々に固執するのかが分からない。
自分が研究している事だったり、無理やり連れて来られたなら分かるんですが、この映画ずっと「じゃあ帰ればいいじゃない」で済むんですよね(笑)
例えば『ミッドサマー』のように、行くだけでも大変で自分一人じゃ帰れない距離とか、人里離れていて逃げても無駄みたいな場所なら仕方ない。
でもこの映画の舞台は団地なので、屋上からの風景的にも走れば普通に車の通る道路に出るでしょうと。
「死が怖い」と「死後の世界を信じない」がイコールなのかも疑問で、なぜあそこまで頑なに霊はいないと言い張るのか、団地の住人へ敵意剥き出しのわりにしっかり寝てご飯までいただいてるし(笑)
考察するとすれば、最初の晩のお鍋が「よもつへぐい」だった可能性ですね。
団地の住人らが生者か死者か微妙なところだけど、死者と共に過ごしているという点であちら側の人間として、彼らが提供する飲食は黄泉の国の食事と考えていいんじゃないだろうか。
だとすると、史織らが帰れない(帰ろうとしない)状況も説明できるかなー。
もしかしたら適正のない人には本当に廃団地に見えていて、住人と会えた段階で選ばれていたのかもしれませんね。